March 15, 2018

the style's セルフライナーノーツ,


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the style
Jenny & Akinori Taka

1. ヘアースタイルブギ(19)
2. 友達
3. 憂鬱のど真ん中
4. トップオブザワールド
5. 詰め込んでよ

Vo&Ag&Eg&Hp&Cho / 高哲典-Akinori Taka- 
Ag&Eg&Vo&Cho / ジェニー

Recorded at 猿小屋
Produce&Engineer / 高哲典-Akinori Taka-

Jacket Design / 
Ryota Miyasho & 
高哲典-Akinori Taka-
(
inspired by "the sting"


★レッドヴィニール盤仕様 

猿小屋レコーズ (SGRC-0004)
¥1000_(with tax)

 


初めてセルフライナーノーツってヤツを書いてみる。
俺は、偉人の古いレコードを回しながらライナーノーツを読むのが何よりも好きだ。雰囲気が伝わってくるから。
なので、これを読みながら「the style」を聴いてほしいという願いを込めて残しておきます。



1, ヘアースタイルブギ(19)


Vo&Ag / 俺
Ag&Cho / ジェニー


元々は19歳の時に書いた曲で、それで(19)と足した。歌詞は東京に挑む為だけに稼ぎまくっていた頃、周囲の浮ついた連中に皮肉を込めて、捻くれた胸中で書いた。それを今の俺が唄い、マイナーコードを得意とするジェニーがギターを弾くというスタイルで試してみた。ジェニーには「テーマは昭和歌謡且つ演歌、そしてコミックソング風で茶化す雰囲気にしたい」と伝えた。歌詞は恥ずかしい部分もあるがわざとそのまま唄った。手拍子を加えて皮肉感を煽り、ジェニーのコーラスでファッキン感を煽った。ほとんど録り終えた状態のモノをジェニーと聴き返し、「どう?これ、果たして意図したテーマは伝わるんか?」と聞いたら、「いや、マジメにかっこいい」と返ってきた。これは俺にとっての歌謡曲だ。結果、一曲目になった。一人ではやらないが、二人でやると楽しい。


2, 友達

Vo&Ag&Hp / 俺
Vo&Eg / ジェニー


ジェニーと知り合った頃、ヤツが適当に唄ったデモテープを猿小屋に持ってきた。その中にこの曲があった。「歌詞を書き直して共作にしよう」と提案した。直ぐに歌詞が出来た。シンプルな歌詞で、新しい友達(ジェニー)と、久しく会えてない友達の事を思って書いた。オーバーダビングはなるべくしたくないと思っていたが、陽気な感じに仕上げるべくギター四本、そしてハーモニカを吹きまくった。このアルバム中、一番トラックを使った曲になった。これも一人ではやらない。二人でこその曲だ。


3, 憂鬱のど真ん中

Vo&Ag / ジェニー
Eg&Cho / 俺


「これは二人の名義で発売するアルバムだから、ジェニーの曲も用意してくれ」と伝えて、ジェニーが持ってきた曲。俺は普段弾かないエレキギターで普段やらない事をやるべく、ジェニーのグレッチを歪ませてボトルネックで実験したり、カッティングを入れたり、色々と試してみた。それらを入れた仮バージョンを聴き返したら、全てが不要に思えてジェニーに聞いた、「おい、このギター要るか?」。ジェニーは「これもええで!」と云っていたが、俺はただの目立ちたがり屋のあん畜生にはなりたくなかったので、控えめなカッティングだけを録り直した。新鮮な体験だった。


4, トップオブザワールド

Vo&Ag / 俺
Eg / ジェニー


年明け一発目の二人でのライヴの際、この有名なカーペンターズの曲をカバーする事にした。無論、歌詞は日本語で書き直した。原曲とは視点を変えた男女の物語として。快楽に溺れた男の生き様として。この歌詞が出来た時、「ライヴが終わったらちょっと遊びで録音でもしてみるか?」とジェニーに伝えたのが全ての始まりだった。俺もリハビリをして感覚を取り戻したかったし、それにはうってつけの曲だと思った。ところがやり出したら遊びで終わるワケもなく、気が付いたらジェニーのギターを録るだけで6時間以上かかっていた。「あーもう一回」「いや、それは違う」「もっとこういう間で」とか繰り返していた。猿小屋で全てを録ると決め、その時にジャケットのイメージも脳内では仕上がっていた。「これは忙しなるで」と笑った。締切を3月に定め、突き進む事にした。


5, 詰め込んでよ


Vo&Ag / 俺
Ag / ジェニー


曲が山ほど録り貯めてあるレコーダーの中にこの断片があって、発掘した。詩はなく、適当に唄っていた。頭の中のジュークボックスについて。偉人は死んでも、残ったレコードに針を落とせば一緒に歌えるって事について。「君にも分かるかな?」って事をテーマにしたかった。しかし完成しないまま、歌詞カードの入稿期限が過ぎようとしていた。朝までには入稿と迫った真夜中、歌詞を悶々と考えていたら、突然サビのメロディが新たに降ってきた。そこで一気に広がり、急に加速して完成まで持ち込んだ。入稿画面の空いたスペースに歌詞を埋め、朝方にそのまま入稿した。あんなやり方は初めてだった。興奮した。そして、歌を録音したのが3月12日だ。


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そして今は3月15日。丸2ヶ月が経過したらしい。当初、音の善し悪しなどはどうでもよく、ただダイナミック且つチープで粋なナチュラルサウンドを目指しました。

PC利用無しのアナログ手法、L-Rの振り分け具合からマイクの違いまで、この文章を読みながら聴いてもらえたらまた違う楽しみ方も出来るんじゃないかな。音楽の楽しみ方など千差万別。

俺はスピーカーの前で腕組みして、出来てくる曲を確認しながらジェニーに何度も問いました、「ところでジェニー、こんな聴き方で、こんな細部まで聴くリスナーっておるんか?」。


とりあえずの充実感はあります。しかし常に次の事しか考えられない性分なので、次の次の次くらいまでは既にイメージがあります。

楽しもうぜ、ジャングルライフ。年末にまた笑える様に。敬具。


 

drecom_eroom5session at 11:43|PermalinkComments(0)│ │散文 

March 12, 2018

答えをくれ '18


The Style


かれこれ同じ曲を、もう2000回以上は聴いている様な胸中だ。

昨日オーケーだったモノが今日にはボツになり、もはや何がクールで何が素っ頓狂なのかさえ定かでない始末。

壊しては作り、作っては壊して、いまだ完成とは声高に呼べない有り様。

こんな事を繰り返していたら、永遠に完成の日はやって来ないだろう。そしてオマケにオレはこう思っている、

「もう一回、唄を録り直したいな」。誰にも気付かない部分でオレだけが拘っている。

エンジニアの職人ですら云っていた、

「そんなモン、答えなんかないで」。

天下の大瀧詠一大先生が「20th エディション」だとか「30th エディション」だとかと銘打って、同じアルバムをリマスタリングしていた理由が今こそ分かる。

だいたいが、蓄えた髭を0.5mm短くしたとて、ほとんどの他人が気付かないのと同じだ。ほとんどが「ここが変わった」と云われて初めて気が付くってな話だ。

今日は盤面印刷を並行した。これはジェニーに任せた。その傍らでオレは怒りに震えていた、答えがないって事に。

ジェニーからはとっくにオーケーが出ている。「これでいいじゃん」とヤツは云うが、「もっと行ける」と一丁前にヌカしているオレがいる。

気分を変えようと、伸びてまとわりつく邪魔なモミアゲを根こそぎ切り落とした。

やりだしたら収集がつかず、バリカンを取り出し、まとわりつくファッキンな部分を刈り込んだ。

長いのもいいし、短いのもいい。ローが強いのもいいし、ハイが効いているのもいい。

すなわち、好きにやるってのが答えになるんだろう。

書き出したらキリがないので、最後にジェニーさんが書いた「憂鬱のど真ん中」って曲の唄い出し部分を残しておきます、

「見失う行く先、アンタは迷子」

いい事云うぜ、ジェニーボーイ。

 


drecom_eroom5session at 10:00|PermalinkComments(0)│ │散文 

March 11, 2018

オーケーをくれ '18


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年が明けて早々、相棒のジェニーに云った、

「ちょっとスナック感覚で録音でもしてみるか?」 、

それこそが全ての始まりだった。

神経質が服着て歩く男このワタシ、スナック感覚で終われる様な作業じゃないって事は始めから分かっていた筈だ。

録音、制作、仕入れ、デザイン、発注、受注、販売、レジ打ち、全てを一人でこなすには到底無理がある。

今日に辿り着くまでに至り、レコーディングエンジニアの職人、ライヴPAの職人が口を揃えて云っていた、

「餅は餅屋」に頼め。

レコーディングエンジニアはライヴPAをやらないし、ライヴPAはレコーディングエンジニアをやらない。

そしてオレの最たる役割は何かって事は存分に分かっている。曲を書いて唄う事「だけ」でいい筈だ。

あれからジャスト2ヶ月、気付けば今日は3.11。いまだ1日に何時間費やしたとて光が見えず、勉強しても、いくら勉強しようが、オレってひょっとして「今世紀一のノータリン」なのかもなどと不貞腐れては嘆く始末。

自らに課した締切はとっくに過ぎている。そして終わりはいまだ見えない。今直ぐ餅屋を呼びたいが、まずは自らが全ての労力を知っておくべきだとも思っている。

天下の山下達郎大先生が仰っていた、

「オーケーなんか出した事がない。1分1秒まであがく人間なので。もう締切ですと云われて諦めるだけです」。

スナック感覚で録って、「気付けば世に出てました」ってのが理想だ。

書き出したらキリがないので最後の曲にして最新曲、「詰め込んでよ」の詩を残しておきます。

死ぬには早過ぎる、3.16に会おう。



ジュークボックスの中に詰め込んでよ

コイン集めて奴を蘇らせる
 

君も分かってくれたならいいな

光集めたら夜も怖くない
 

コーヒーショップのマッチで灯した

部屋に揺れる光の向こう側で奴が回ってる
 

遠く遠く離れても時々思い出す

遠く遠く離れてても距離は感じない
 

ジュークボックスに詰め込んでおけよ

心の奥底に忍ばせておけよ
 

埃払い磨いておくよ、共に唄える様に

君にも分かるかな

 



drecom_eroom5session at 10:14|PermalinkComments(0)│ │散文 

February 18, 2018

寸暇を惜しんで '18


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 何年か前、「何かしらの保険には入っておいた方がいい」という考えの元、あらゆる資料を読み漁っていた。

読んでも何の事やら、バロウズの小説以上に意味不明だったが、とにかく「死亡保証金」の額だけを凝視していた。

そんなある日、マイビッグマザーが云った、「アンタはなんで死んだ時の事ばかりを考えとるの?そういうのは普通、事故とか病気の事を考えて入るもんやで」。

この言葉には心底、目から鱗だった。オレは死んだ時の事ばかりを考えるクセがあるらしい。

「コレ、持って帰れば?」と、何枚もある中の一枚の写真が差し出された。京都にいた頃の3歳のオレらしかった。

ビッグマザー曰く、「なんでコレが今のこんなんになったんや?」だ。

少なからず築き上げてきた財産を後世に残したい、いつか産まれるんであろうオレの子どもに「ボクのファザーはとんだロクデナシだったが、こんなイカしたモノを残してくれた」なんて云わせてやりたい。

そんなワケで、一昨年くらいから血を残したいなどと一丁前に意識する様になった。やはり、死んだ時の事を考えるのがクセらしい。

そして無論、相手は行方不明だ。

まだ死なないでいてもらう為に、生き続けていただく為にと、気付けばジャスト2年振りに広島に帰った。 

安心した。死ぬ気配などまだ微塵もないって事と、その記憶力の正しさに。縁起でもない事を考えていた。

帰省中、本ばかり読んでいた。トムウェイツのヒップ極まる個性に彩られた与太話が羅列された本を。

ビッグマザーが云った、「スンカを惜しんで読書するんやな?誰に似たんや?」、

オレはスンカの意味が分からず問った、「何を惜しんでって?」。

「寸暇や。本読んどるのに知らんのか?」、

悔しかった。いつだって言葉には敏感でいたい。

東京に挑む為だけに稼いでいた19の頃、餓えて、草臥れて「バス停のベンチでもう死ぬねん」と云ったこの女に包丁を突き付けた事がある、

「オレはお前の為に働いとるワケじゃない。殺したろか」。

あの頃があって今がある。

「寸暇を惜しんで」今、書いている。もう誰も死なないでほしい。


 


drecom_eroom5session at 02:26|PermalinkComments(0)│ │散文 

February 10, 2018

記録 '18


年が明けた時、今年こそは毎日映画を観てやるなどと意気込んでいた。しかしそうは問屋が卸さないってのがこの世の仕組みだ。どうせ、あの世でもその世でもそうなんだろう。

寒いのはもういい。まるでワンパターンでセンスがない。タイトルなら「飽きてますよ、、、冬」だ。7inchシングルカットでいける。

こちとら、明確に夏が好きらしい。夏の真っ直中に「早よ冬にならんかな」だなんて矛盾の神様みたいな戯言は口にしない。

近頃は録音の事で脳内オーバーヒートだ。車の免許を取るだなんて来世でも無理だろう。

今はエロヴィデオを観ても「これはどんなマイクで録ったの?」などと聞きたくなる季節だ。

品がない話は嫌いだ。しかし事実だ。

「ワタシはエロヴィデオなんて観ません」などと涼し気なモテ顔でヌカす男は信用出来ない。

今年はずっとそんな胸中を抱えたまま過ぎ去るのかも知れない。神経はいつだって過敏だ。

何が正しいのか、ボクは善なのか悪なのか無なのか、それさえも定かではなくなっている。締切を決めて事に臨んではいる。締切がなければ永遠に作業は終わらないって仕組みだ。

テイクを重ね、これはいい、これもいい、いや、これは駄目だ、君はノータリンか、などと自問自答を繰り返す。しまいには「これ、歌詞から書き直そうか?」「こんな曲、ええか?」となり、またゼロから仕切り直しなんて事にならない為に締切とは必要だ。

持ち前の実験精神を駆使して二本組のチープ且つモダンなコンデンサーマイクを手に入れた。 

相棒のジェニーが三千円くれた、「カンパするぜ」。粋な男だ。


先日、年が明けて初めて外に呑みに出た。話す内容は無論、音楽の話だ。

結局のところ、音楽文化にまつわる話をしている時が何よりも胸躍る。結婚だなんて来世でも無理かもな。

何しろ映画は後回しだ。自らの仕事が先だ。

 


drecom_eroom5session at 07:26|PermalinkComments(0)│ │散文 

January 30, 2018

ドリップデイズ '18


オレは今、久方振りにロバートジョンソンのレコードへと針落としたところ。

ジャケットの下には「1936年、ホテルの一室で録音」などと英語で書かれている。

はて、2018年を生きているオレは何をやっているんだろうってな心持ちにもなってくる。

冬が本気だ。寒いのとドンクサイのだけは嫌いだ。

雪が降るという予報が出ていた日の明け方、一日だけぶっ倒れた。冬の勝利なのかと思われたが、冬以上にオレだって本気だ。

15時間後、ようやく立ち上がり、窓を開けて外を確認し一人ごちた、

「オーシット!」。

近頃は猿小屋に閉じ篭っている。様々な実験をし、勉強には余念がない。

昔、息抜きに料理をしたり洗い物をしたりする人達に憧れていた。

集中するだけ集中して、ソレがようやく一段落した時に台所に立つだなんて正気の沙汰ではないと思っていた。

しかし2018年、何とこのオレもその感覚を完全に身に付けつつある。

スナック感覚で台所に立ち、珈琲をドリップし、ピッツァトーストなどをこんがりと焼き上げる。

それから作業を再開し、また集中力が途切れたなら洗い物をする。それからニヒルなあん畜生、冬に勝つ為のホットな味方、柔らかな武器、数々のニクい称号を独り占めして止まない「湯豆腐様」を拵える。

そんなこんなで知らん間に1月が逃げて行く。今やっている事は近々、全て実を結ぶだろう。

布団に深く沈み込み、西村賢太の本を読みながら眠るのが今の楽しみだ。

 


drecom_eroom5session at 11:12|PermalinkComments(2)│ │散文 

January 17, 2018

ブラザー '18


猿小屋の目の前、やけに背の高い黒人が道行く日本人に向けて叫んでいる、

「excuse me!
excuse me!」。

それを無視して素通りするあん畜生達、それは何も「黒人だから」ってワケじゃない。ヘルプに答える自信がないからに他ならない。

困った時はお互い様だ。オレだって何度も異国の地で見知らぬ人間達に助けていただいた経験がある。

オールオーケー、その場に偶然お出まし果敢に近寄る英語力からきしゼロ野郎このワタシ、解決出来ない場合には最も得意とする「sorry! I don't know!」の一点張りで切り抜けるって魂胆で挑みにかかる。

「ブラザー!どしたん?」

ヤツはスマートとは呼べない機器を見せつけお構いなしの捲し立て英語でヌカす、

「すなわち、このバーに行きたいってワケなんだ」。

さて、そのスマートとは呼べない機器を断固スマートに取り上げ場所を確認する。

目的地のピンが立てられた場所、それは紛れもなく猿小屋のど真ん中だ。しかし、猿小屋が入ったビルにそんなバーはない。

「ブラザー、確かにこれは此処だ!しかし此処じゃないで!」とか何とか生粋の日本語でホザき再度画面を確認する。そんな時、ヤツは無論、純粋な「ホワッツ顔」だ。

間髪入れず告げる、

「おー!分かったぞ!これ、ピンの位置間違っとるで!な?この機器、スマートとは呼びたくないよな!ブラザー、この機器に相応しい名称一緒に考えようや。ところでオレ、今からライヴなんよ。来んか?ソウルミュージックって日本にもあるけぇ」とか何とか伝える英語力などからきし皆無野郎このワタシ、

ヤツを「アーイエー!」の一点張りでそのバーまでエスコートし辛うじて告げる、「this place!」。

そこまでずっと英語だったブラザーが去り際にオレに云ってくれるであろう言葉はやはり「thank you!」しか考えられないと踏み、返す言葉なら「no ploblem!」のみでスタイリッシュにキメようと思っていた。

目的のバーまで辿り着き、ブラザーは握手を求めてきた。その手を固く握り返した時、ヤツは生粋の日本語で云った、

「アリガト!アリガト!」。

不意打ち極まる日本語に「no ploblem!」って単語さえ吹き飛び叫んだ、

「アーイエー!」。

スタイリッシュってのは所詮、いつまで経っても板に付かないって仕組みなんだろう。

その直後、オレはステージで唄っていた。辿り着いたバーで小粋に呑んでいるであろうブラザーにも向けて。

「考え事をしてるからあんまり話し掛けないでくれ。だけど道を知りたいならいつでも俺に聞いてくれ」。

オレだって人として誰かの役に立ちたい。

無論、役に立てない場合は
「sorry! I don't know!」、

人として、旅は続く。


 


drecom_eroom5session at 11:23|PermalinkComments(0)│ │散文 

January 08, 2018

浪漫 '18


オレは今、ウェスモンゴメリーからフランスギャルへとレコードを取り換え、針落としたところ。

「猿小屋」を銘打って2018.01.14で5周年。2013.01.14、「ダンス・ウィズ・ザ・ドキュメンタリー」の発売日。

01.14、それはお父さんの命日。あれが何年前の事だったか、今は思い出せない。

お母ちゃんからは年賀状が届く、「健康で平穏な生活が出来ます様に」。

今、存在する暮らしが一体いつまで続くんだろうかと、毎日毎日思っている。

フランスギャルが亡くなったらしい。バット、オレの中では永遠の10代。今後も生き続けていただけるに違いない。

久方振りに来月、ドサクサ紛れに福山へ帰る事にした。手ぶらで、本とメモ帳だけ携えて。

近頃は飛行機が安い。バスよりも安い。時代は変わり続けているらしい。

面白いのが下北沢から成田空港までが電車&バスで一時間四十分、成田から広島空港までがフライト一時間四十分、広島空港から我が福山スゥイートホームまでがバス&バスで一時間四十分って事だ。

何が何だか皆目見当もつかないが事実は二つ、オレは今、日本に居るって事と、お母ちゃんは今も其処に居るって事だ。

知らん間に髪の毛は伸び過ぎた。モミアゲは鼻に入れてもお釣りがくる。

今日なんて日はヘアゴムを買った。バナナチップスと一緒に。

お母ちゃんは云うだろう、

「アンタ何考えてんねん!ま、健康ならよろしいわ」。

「平成」って元号が2019から変わるだって?

オレは昭和、平成、その次を生きる輩になれるらしい。

ならば次は「浪漫」で決定でどうだろう?

「浪漫一年」、なんて刻まれた一円玉は使う事すら惜しくなる一品になるだろう。

ほんま、よろしいわ。

 


drecom_eroom5session at 05:53|PermalinkComments(0)│ │散文 

January 04, 2018

the bowling-strikers '18


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 何時間もTVの前に座っているのは不可能な性分であるが故、料理をし、珈琲をドリップしまくり、ギターを弾いていた。

三が日はスーツしか着ないと決めていた。実行した。寒かった。

無論、ネクタイは無しだ。煙草を買いに行く時も、電気屋を冷やかす時もスーツだ。

身が引き締まる。見方によってはただの馬鹿だ。どうでもいい。

真夏でも意地で革ジャンを着続けている心意気溢れる男女をたまに見るが、ああいう人達って最高だと思う。オレにはとても出来ない芸当。

「かっこ悪くてかっこいい、気持ち悪くて気持ちいい」、コレを地で行き貫くさすらいの精神には脱帽します。

年が明け、近くの酒場を流れ歩き、男にキスされ、し返し、そのまま初詣でに向かい、大吉を引いて集合写真なんて撮る。

映画を観まくり、落語を聞き、皿を洗い、そしてカーペンターズばかりを口ずさむ。 

頭の中を完璧に整理し、何が必要で何が不必要なのかって事を整頓する。

まず今、最も必要なモノは大量の珈琲豆だ。

「今年も宜しく!」云う前に、宜しくしていただける様にするのはまず自らの力量だと思っています。

2018、懲りもせず何処にも存在しない自らだけのストライクを狙い続けるしか道はないでしょう。

平成30年だって?最敬礼。

 


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December 30, 2017

あとがきのようなもの '17


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2017。それなりに、オレなりに過酷なロードレースだった。

毎年毎年、猫でもゴキブリだってそうだろう。

苦笑、失笑、大爆笑。つまりのところ、笑い続けていた。

去年の今頃は既にアメリカ再訪を決め、そして身体はぶっ壊れていた。

「ぶっ壊れたままでゴー」、ここ何年間も掲げてきたテーマだ。

寝込むなんてオカマだと、今もそう思っている。

アメリカで最も耳にした単語は「exactly!」だった。あまりに耳に入ってくるので辞書を引いた、

「その通り!」って意味だった。

何時だって友達と呼びたい、呼ばせてもらいたい人間が必要だった。そう呼ぶのが恥ずかしい人間とは立て続けに関係を断ち切ってきた。

逆にオレだってそう思われてしまう事があるだろう。

無理して何かに合わせてみようとしたとて、所詮いつかボロが出るのは火を見るよりも明らかだ。

つまりのところ、重要なのはエチケットとポリシーを貫く事だ。

こんな時、返事は断固「exactly!」がいい。

先日、「勝手に忘年会」などと銘打って2017を振り返っていた。40時間くらい眠ってないままだったが脳内麻薬が完璧に調合された様な塩梅で喋り続けていた。

誰かが云った、脳内麻薬の方が効くんだと。

それが本当ならオレはとんだラッキーボーイだ、脳内だけで「所持」出来るってんだから。

何かに頼る前にまず一人でどこまで出来るのかを確かめる必要は何時だってある。

だからポリスマン、何時でもオレのところに遊びに来てくれ。ガムとハンカチくらいしか差し出せるブツはないが、両手を広げて協力は出来る。

2018。本を書きたいと思っている。10年以上前からそう思っている。

頭の中では物語が溢れ過ぎている。どうまとめて、どう具現化すべきなのかって事でとっ散らかっている。

タイトル候補だけは既にいくつもある、

「座らないモダンソファなんて倒してもらえないボーリングピンと同義だ」

「優しさとは蹴飛ばされた石の胸中まで察する心」

「革ジャンこそがロックの代名詞だと誰かが盛大に嘯くのなら君は革ジャン以外でロックを撃て」なんてどうだろう?

返事は強固
「exactly!」がいい。

感じた事のない感情を使い果たして死にたい。

2017の喜怒哀楽に脱帽。

最後に一言、「よいお年を」。




drecom_eroom5session at 18:37|PermalinkComments(0)│ │散文