October 09, 2007

如何に下らん輩が多いかについて

待ち構えた休日にして待ち構えた半額レンタル日。昼間から顔を出す。メモに従い、いや、あまり従わずビデオを抜く。ビデオとDVDが積み上げられた棚を鬼の形相の如く睨むと、気を惹くタイトル、メモには書いてなかったタイトルが目に飛び込んでくる。八本抜く。禁断症状、映画を観てないと不安になってくる。いつまで続くか知らんが今はそんな感じ。下北沢南口商店街、前から目を惹く小汚いラーメン屋。通る度にみるが、客がおる光景を見た事がない。店の外には写真付の大きな看板がある。「四十五周年記念・チャーシューメン四百五十円」。今日は遂に足を踏み込む事にした。客はゼロ、マスターのおっさんはカウンターにうつ伏せで寝た状態。わざと大きい足音を出すも暫く気付かず、まるで元気がない。参っとるのか。チャーシューメンと餃子二百円を注文する。旨い。何の問題もない。少なくとも俺にとっては。味など気の持ち様で変わる。もしその店に行列があり、チャーシューメンが九百五十円だったとしたら。きっと皆その気になって、「さすが」という気の持ち方で食べる。そんなええ加減なマインドコントロールに騙される程俺はアマくない。旨いモンは旨い、客が五万人入っても良くないモンは良くない、視聴率が二十八%でも興味がないモンはない。何度でも書く、ノーブランドのギターのヘッド部分を「Gibson」と本物そっくりに書き換えてみろ。「ギブソンのギターは音が良い」という概念に捉われ、マインドコントロールが働いて「やっぱりギブソンは違いますねぇ」とか何とかヌカす輩が後を絶たん状態になる。そこで俺はズバリ言う、「これ、ただ書き換えただけですよ」。すると今度は「ノーブランドのギター」の概念に捉われ、「そういえば低音が・・・」とか何とかヌカし出す。溜息。人はほんまに下らん。ノーブランドでも良いモンは良い、旨いモンは旨い、固定観念に捉われず物事を見据える事も出来んのか。とにかく俺はそのチャーシューメンを食べ尽くし、スープを一滴残らず飲み干す。おっさんはその空の器を見て元気を出してくれるだろうか。そうであってほしい。俺みたいなモンに出来る事はそれ位しかない。それ位の事しか出来んでもええなら、俺はずっとおっさんの味方でありたい。ヴィレッジ・ヴァンガードの「ワゴン内五百円セール」でレゲエとジャイヴのCD二枚を抜き取り、「チャーシューメン旨かったなぁ」などと考えながら部屋に戻って来た。「パルプ」を読み尽くした。やっぱり最高だった。

at 16:12│Comments(0)TrackBack(0)│ │日々 

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