June 19, 2009

価値観という名の恐怖

昼間にはウインナーパンと牛乳を買い込んで、あまりにも昼食らしい昼食の雰囲気漂わせながら日の当たる階段に座り込み仲間と食す。それはさながら映画の如き雰囲気で、声を張り上げる事なく静かに語り合ったりする。

ところでブランド物をさも自分しか持ってないぜといった顔つきで街を闊歩する事など、俺にはとても出来た柄じゃない。

「さも自分しか持ってないぜといった顔つきでブランド物を身につけて街を闊歩しろ」

こんな罰ゲームがあったとしたら頭はイカれ顔はシワクチャ、そうなる事など安易に想像出来る。

「もしも同じ服の奴とすれ違ってしまったらどうすれば良い?」、ある人はそれが嬉しく思うのかも知らん、そこに仲間意識を見い出すのかも知らん。バットしかし、そんな回避可能な恐怖に怯えながら過ごすなんて俺には到底出来そうにない。そしてそんな事、しなくても良い。

俺はいつからか、古着という一点主義にしかほとんど興味がなくなった。ある人には汚く映り、お母さんは吠えるだろう、「よーそんなモン着るわ」。

スーパー袋を持ち歩く汚い俺に出番などないのかも知らん、バットしかし、いつか笑う時がくるだろう、みすぼらしいと思われたところでノープロブレム、傷つく事など何一つない。何故ならばそんな輩を逆に笑い飛ばす気力が俺にはある。

そしておいらエアコン恐怖症、あの風はまさしく有害、真夏なら二百歩譲って許すも現在六月梅雨の真っ只中、暑くもないのにどこもかしこもエアコンはギンギン、外は穏やか中はギンギン、体は追いつかず咳は止まらず、長袖にするのか半袖にするのか、世の中は勘違いの贅沢で溢れている。おっと、七分袖というヒップな幸せの選択肢を有効に活用するべきなのか。

気をつけろ気をつけろ、世の中の仕組みに飲み込まれたら一瞬でさらわれてしまうぞ。

仕事場では不安定な精神ぶらさげて足の震えも手の震えも止まらず体は無意識の内に踊りっぱなし、落ち着くところなどある筈もなく、ルネ・マグリットのウィット満点絵画にのみ心を預ける。俺の敵は周りでも電話口の相手でもない、俺自身だ。

重要なのは心意気だけよ、ドキュメンタリーフィルムを常に撮られてる気分でいられればそれだけで良いのよ

マリーは俺の心に住んでる女の子。

拝啓アベユウジ氏、俺の場面は今とても見応えあるシーン。俺はアンタのコメントを一日何度も読み返しているんだぜ。

夜は夜とて下北沢デイジーバー、今村竜也氏渾身のバンド「PLEASANT TAP」観賞。ゆっくりメンバーと話がしたいところだったが、俺はご多分に漏れず団体行動が頑なに好きじゃない。それは時に恐怖、なんやなんや、この世は恐怖で溢れとるのか。見ず知らずの人間で溢れる打ち上げはパスさせていただき俺はとっとと家路につく。

愛すべきは一対一、一人でも知らん奴が近くにおったら俺はすぐに眉間に皺を寄せ、そして黙る。回避可能な気疲れは避けたい心境。

我儘な男だときっと誰かは笑うだろう。分かる、充分に分かるぞ。バットしかし、自らの価値観しか信じる事が出来ん男このワタシ、オーケー、オールオーケー、突き進む。

ところでレコーディング第一弾は7月4日で確定、メンバー四人でスタジオに閉じ篭る。そう、バックバンドは麗しの「PLEASANT TAP」、オーケー、オールオーケー、突き進む。俺がやるべき事は今、これだ。

知っとる、充分に知っとるぜ、俺には不安定と嘆くだけの余裕がある。明日もスナック感覚で乗り切れるだろう。

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at 22:30│Comments(0)TrackBack(0)│ │言及 

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