July 19, 2009
ハッピー・ソングを紡ぐ時
暑い、蒸し暑い。昼は良い、裸で汗を垂れ流せば良い。問題は真夜中、すなわちラウンドミッドナイト、近頃は毎晩、エアコンなるハイカラ機器を最低十分間は起動させたい衝動に駆られる。十分あれば全ては事足りる。そんなに広々とした部屋じゃない。むしろ狭い、あまりにも狭い。そう、レコードのせいだ、後悔などない。十分間で充分涼しくなる。そして俺は元来、エアコンの風が好きじゃない。エアコンがある部屋に住んどる事自体、俺には奇跡だ。バットしかし、十分あれば事足りるものの、外にある通称「室外機」なるものがあまりにもやかましく俺の気を滅入らせる。今度はその音が気になって仕方なく、俺だけなら音がやかましい事など何の問題もないが、真夜中三時にあの音は近所迷惑が極まりない。気疲れは年中無休だ。
そんな訳で今夜もベタベタナイト、この感じ、夏が来た。得意の我が物顔を携えてだ。
ところでスペシャルズがやって来る。サマーソニックにやって来る事は当分前から知られていたが、俺は必ずどこかで単発公演を演らかすだろうと踏んでいた。
先日、サマーソニックのフライヤーを適当に捲った際、それは判明した。ボブ・ディラン、トム・ウェイツなどと同様、「来日したら必ず行くべし」リストに掲げて久しいスペシャルズがやって来る。
好きな事にのみお金を費やす感覚、愛している。
それは俺にとっては、時計を何個も持つ事でも似た様な靴を何足も手に入れる事でもお姉ちゃんを何人も口説く事でもない。
そんな、お金があれば誰にでも出来る事柄、ポイ捨てでオーケー。心の財産に更なる潤いを。
ある人にとって俺はどうしようもないクズ、ある人にとってはグッド・フィーリング。
俺は十日間で五本ものヒップなライヴを観賞する事になるだろう。
あの頃よりも、あの頃よりも、俺は今を本気で生きている。
少なくとも俺の周りの男達はどいつもこいつも本気だ、余所見などしたら直ぐに俺の周りから離れて行くだろう。
例えば「あの娘あんな服買ってたから私も買わなくちゃ」、こんな競い合いになど微塵も興味がない。
俺達はもっと別のレベルで闘い合いたい。それはお互いをもっと高みにもって行けるだろう。稼いだモン勝ちの理論になど一生用がない。
レコード屋ではバッファロー・スプリング・フィールド往年の名曲「So What It’s Worth」の誰かのカバー・バージョンが聴こえてくる。
久方振りに聴いて胸は躍り、BGMはバッファロー・スプリング・フィールド。
そして俺の頭の中には今、詩という詩が山程溢れている。
きっと近々、知らん間に曲として上がってくるだろう。
室外機の唄だとかお姉ちゃんの唄だとかレコードにまつわる物語だとか金髪だとか、それは何でも良く、物語などそこいら中に溢れている。俺は見逃さない。
そんな訳で今夜もベタベタナイト、この感じ、夏が来た。得意の我が物顔を携えてだ。
ところでスペシャルズがやって来る。サマーソニックにやって来る事は当分前から知られていたが、俺は必ずどこかで単発公演を演らかすだろうと踏んでいた。
先日、サマーソニックのフライヤーを適当に捲った際、それは判明した。ボブ・ディラン、トム・ウェイツなどと同様、「来日したら必ず行くべし」リストに掲げて久しいスペシャルズがやって来る。
好きな事にのみお金を費やす感覚、愛している。
それは俺にとっては、時計を何個も持つ事でも似た様な靴を何足も手に入れる事でもお姉ちゃんを何人も口説く事でもない。
そんな、お金があれば誰にでも出来る事柄、ポイ捨てでオーケー。心の財産に更なる潤いを。
ある人にとって俺はどうしようもないクズ、ある人にとってはグッド・フィーリング。
俺は十日間で五本ものヒップなライヴを観賞する事になるだろう。
あの頃よりも、あの頃よりも、俺は今を本気で生きている。
少なくとも俺の周りの男達はどいつもこいつも本気だ、余所見などしたら直ぐに俺の周りから離れて行くだろう。
例えば「あの娘あんな服買ってたから私も買わなくちゃ」、こんな競い合いになど微塵も興味がない。
俺達はもっと別のレベルで闘い合いたい。それはお互いをもっと高みにもって行けるだろう。稼いだモン勝ちの理論になど一生用がない。
レコード屋ではバッファロー・スプリング・フィールド往年の名曲「So What It’s Worth」の誰かのカバー・バージョンが聴こえてくる。
久方振りに聴いて胸は躍り、BGMはバッファロー・スプリング・フィールド。
そして俺の頭の中には今、詩という詩が山程溢れている。
きっと近々、知らん間に曲として上がってくるだろう。
室外機の唄だとかお姉ちゃんの唄だとかレコードにまつわる物語だとか金髪だとか、それは何でも良く、物語などそこいら中に溢れている。俺は見逃さない。