September 25, 2009

魂のレッドウィークに寄せて

首相が入れ代わったところで俺には一体何の効果があるのか、そしてないのか、何一つ分からない。

残念ながら俺は俺の身の回りの事柄だけで手一杯、お前はお前でやれよ、俺は俺でやるぜ。

シルバーウィークだか何だか知らんが、世間が戯けた連休を終えたその瞬間、

俺は俺だけの狂乱連休、レッドウィークへと突入する。

昼下がりにはお母さんに電話を入れる、

「やぁやぁ俺さ、お調子者だよ」

目を悪くしたお母さんが言ったぜ、

「気が向いて暇やったら病院でも行こかな」

近年稀にみるウィット具合、俺はその精神を確かに引き継ぐだろう。

新宿ではご多分に漏れずレコード漁り、そして映画観賞。

唯一、その名前だけで全てを観尽くしたい男、松本人志。

「映画は通路席で観るべし」の鉄則に則りスクリーンにへばりつく。

空席があるにも関わらず窮屈そうに真ん中に固まりたがる驚異の八番煎じカップル、どれだけ頭がイカレても理解など出来ない。

誰かが笑うところと俺が笑うところにはどうやら何時如何なる時にもズレを感じる。

感想など書かない、さも知った様な文体で名前も名乗らず感想を書き連ねる筋違い野郎の文章程気分が悪くなる事は他にない。

とにかく俺は全てを壊してやりたい、常識ってどういう意味だ、しょうもない。

映画を観終えれば懲りもせずレコード漁り、ランチは新宿、夜食も新宿。

奇跡の大衆食堂、「長野屋」に世界遺産の称号を。

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三年前の今頃、俺は仕事にあぶれ、朝からあてもなく原付バイクに乗って、大型トラック運転手の働く姿に胸を打たれながら大通りを並走していた。そして部屋に戻ればギターを弾いて、「その日暮らしの哲学」なんて唄っていた。あの頃、この街で友達と呼べる友達なんて皆無に近かった気さえする。

二年前の今頃には映画という映画を取り憑かれた様に観ていた。そのほとんどは拳銃を持ち、そしてバッドエンドの映画だった。

丁度一年前、俺は昔の仲間の結婚式でギターを担いで釜山に向かう予定だったが、航空券を取りそびれて心底閉口していた。

埋め合わせに雨の江ノ島を我が物顔で徘徊し、海の向こうに釜山を探し、妥当なホテルにチェックインし、様々なゲームに興じて笑い転げていた。その直後には二ヶ月連続の京都行きに狂喜乱舞し、文字通り舞い上がっていた。何処に行くにも傍には女が居て、全てのロマンと時間を共有していた。

時は流れ続けるだろう、バットしかし、肝心なのは今、すなわちこの瞬間だ。

そうそう、流れは確実にきている、俺は信じて疑わない。観たモノ聴いたモノ、全ては俺だけのモノになる。

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ところで俺は自分が思っているその八倍、松田優作が好きらしいという事実に気付いてしまった。

何から何までとっ散らかっている、なぎらけんいちのレコードからビートニク、ブリティッシュ大全集までだ。

すなわち巡り続ける世界旅行、垣根ってどういう意味だ、しょうもない。

そしてBGMは小坂忠「ほうろう」、確か三年前の今頃、聴きまくっていた。

部屋の整理のその前に、頭を整理しなくちゃいけない。










at 00:02│Comments(2)TrackBack(0)│ │ 

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この記事へのコメント

2. Posted by 高哲典   September 26, 2009 00:23
ありがとうございます。
見ず知らずの男の言葉が見ず知らずの人間に何かしら響いている事実に喜びを感じます。
ソクラテス、哲学者ですね。
哲学だとか宗教だとか、俺にはそんな難しい類いはよく分かりません。
ただ、自らの名前、自らだけの思考哲学、その他諸々に俺は決してぶれない誇りをもっています。
先日こんな事を考えました、
「生まれ変わったら誰になりたいか?」
即座に思ったのは「俺じゃなかったらどうしようか」という不安でした。
ある人にとってはキチガイ、ある人にとっては誇り高きあん畜生、
そんな人生を作り上げます。
1. Posted by rabbit125cc   September 25, 2009 15:09
以前の自分に出会ったような感覚に襲われ、つい、コメしていまいました。
哲学を学ぶ者として、貴方の言葉の意味も思考してみます。
良い思考の海に出会えたこと感謝いたします^^
PS:最近私は初心に帰ってソクラテスですw

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