January 21, 2017
the AT's Noir '17

目が腫れている。不細工だ。眼がしょぼついている。原因なら不明だ。
ある時はPM18:06に目覚め、ある時はAM04:03から起きている。昼寝をした後、次に眠るのはAM09:15辺りが妥当だと思っている。
先日、起きてまもなく、ワインをしこたま呑んだ後、ウイスキーを勢いよく流し込んだ。
いかにクダラナイ連中が多くて、奴等は奴等で固まっているが故、一向にこちとらの意図は理解されず煙たがられるばかりだとかいう話題で今村竜也氏とスゥイングしていた。
野良猫が避ける様に通るんだけれど残念ながらオレはお前の味方だってのに。
調子よくやっていたその後、具合が一変しオレは地獄行き特級列車に乗り込んだかの如く吐きまくっていた。
ダラしない格好で助けを乞いながらこうも感じていた、「ひょっとしてクダラナイのはボクだけなのでしょうか」。
目が腫れている。七日七晩泣き続けているみたいだ。
チューニング乱れた気分のまま、馴染みのない街へデヴィッドボウイ展を見に行った。嗚呼、その会場内にいる時には具合の悪さなどナチュラルに吹き飛ぶってんだから我ながら驚異だ。
そしてオレは今こう思っている、そろそろビールが呑みたいな。
さて、話は信じ難いほどに変わるが、随分と長い間、500円玉は使うモノではないと思っていた。
ある時は500円ずつATMから引き出し、ある時はゲームセンターに侵入しユーホーキャッチャーに興味ありなポッピン野郎を演じつつコソコソと両替し、
会計の時も500円玉が返ってくる様に計算し、煙草を買う時も一箱ずつ買って常に500円玉をコレクションしていた。
稼いだ500円玉は全てボーリングピン型の貯金箱に入れられた。気付けばモノホンのボーリングピンより重たくなり、「コレってひょっとして2000枚オーバーなのでしょうか」などと一人嬉々していた。
ソレはある種の支えであり、誇りだった。オレは生粋の500円玉コレクターだった。
まだまだ中身を確認する気などなかったが、ふとした真夜中、何年か振りにちょっとだけ数えてみた。
さて、数え出したら気になってしょうがなくなり、同様にパンパンに詰まっていたワーゲンバス型の貯金箱に納まっていた500円玉さえも一心不乱に数えていた。
2000枚は夢のまた夢だったが、勢い止まらず、それからオレがしたコトといえばその500円玉を全てATMにぶち込み紙切れに換える作業だった。
あれだけ意識して500円玉に崩した山を全てぶち込み、紙切れに交換するその姿は我ながら見物だった。
オレがATMの防犯カメラ監査員トップなら「徹底的にあの髭をマークしろ」と喚いただろう。心底、オレは何をやっているんだろうと思った。キングオブオカマなのかと思った。
二日間かけて無我夢中でぶち込んだ。怪し気で、とんでもなく逆ワイルドな作業だった。そしてボーリングピンもワーゲンバスも小指一本で持てるほどに軽くなった。
また一から始めようと思う。