January 2024

January 28, 2024

ストロベリーとバニラをお一つ '24


'24.01.25-27


「CORONA」という名称はまず第一にトヨタの名車の事であり、第二にメキシコ産ビールの事である。これは揺るぎない事実だ。他は断固必要ない。ところがそれがいつの日からか、厚かましい我が物顔で突如登場したウイルスの名称に変わったらしい。

この驚異的ネーミングセンスの無さにオレはいまだ腸が煮え繰り返ったまんまだ。言葉選びは何よりも重要だ。

そのウイルスの通り名を今日まで口にせずどうにかやり過ごしてきた。
口にするのが恥ずかしくて堪らないからだ。哀しいかな並大抵の努力ではなかった。いい方を変えれば無駄な労力とも呼ばれるんだろう。我ながら面倒な思考だとは思うが性分には逆らえない。許せないモンは許せない。

そう、ヤツには「COVID-19」というオリジナリティ溢れる、もはやクールと呼んでもいい正式名称がしっかりとある。八番煎じが元祖ヅラをキメ込むなという話だ。

さて、25日は大久保くじら号でライヴの予定だった。朝方何度も寒気で目を覚ましたが、ただの寒がり男と洒落込まし布団と枕に抱きついて昼前に起き上がった。

ゾンゾン突いてくる悪寒に「ただの寒がり男」では済まない異変を感じ、寝ぼけ眼で何気なく体温計を取り出したなら一気に38.7℃を記録。突然の稀に見る大台に苦笑い、「まぁ夕方までにはどうにか」なんて思いつつも万が一に備えくじら号へ報告したところ、即座にキャンセルとなった。

申し訳なさと残念さに苛まれながらも気が抜けたのか、持ち前のいてまえ精神もかたなし、ただのヘナヘナガリヒョロボーイに成り下がり、気付いた時は初めて見る様な数字の40.1
℃、キャンセルで当然、だってワタシはただのヘナヒョロだから。

翌日、か細いヘナ声で病院へ連絡、「インフルエンザかしら?」なる思いを抱えどうにか診察へ。症状を説明するとナースが云った、「インフルエンザっぽいですね!」。

「そうでしょう」などとヘナ声で返答し、「これでただの風邪ならポップね」などと思考し、結果をギャンブル感覚である意味では楽しみに待った後、ドクターが颯爽と登場して開口一番こう云った、

「ふー、コロナですね」
「えっ!インフルエンザじゃなくて?」(ヘナボイス)

思いもよらぬ結果と、その名称を自身に使われた事と、あんなモノに捕まってしまった不甲斐無さからくるトリプル精神的ダメージを抱え三割増のヘナ歩き退散。

そして本日。猿小屋のドアノブに友から苺の差し入れ有。ヘナガイからタフガイへの道標。熱は下がり、本を読んでいたら文章を書きたい衝動に駆られ得意の夜更かし。

ところで因みに「インフルエンサー」なる名称も大嫌いだ。いうまでもなく「
インフルエンザ」に似過ぎだろう。もはや嫌がらせの一種だと思わずにはいられない。 長々書いたが俺が云いたい事はただ一つ、言葉選びは何より重要だ。






drecom_eroom5session at 04:57|PermalinkComments(0)散文 

January 03, 2024

the strong smart '24


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12月、43歳になった。計画をし、準備をし、ライヴをし、DJをし、このままやりたい事だけをやり遂げたいと、どうにかこのまま行かせてくれと相も変わらず思っている。

12月、人前に出る時以外はあらゆる場所の掃除に時間を費やしていた。埃を憎み、より良い環境を目指し、大切なモノを大切に仕舞い、不必要なモノで高値で売れるモノは譲るという行為を覚えた。

人が死んでいく。見たくない。俺が生きているのは単なる運とほんの少しの危機管理能力のおかげだ。

馬鹿が馬鹿の揚げ足を取り更にそこに新たな馬鹿が我が物顔で首を突っ込んでいき、でっち上げられた嘘の真実だけが威勢良く転がっていく。俺はボンクラかも知れないが、この目で見たモノと友達の言葉しか信じない。

携帯電話を捨てようと思っている。そして同時に、捨てないんだろうとも思っている。しかし、あの電話機の名称から「スマート」という単語を取り除いてほしいとは13年前から思っている。

年が明けるとリセットされる様な、また一からキメよう、きっと巧みにやりこなせるだろうってな類の清々しい胸中にもなる。

掃除を終え新装した猿小屋では「お正月はジャズ」の理論に則り、ニクい音量でモダンジャズが垂れ流されている。

元日、「新春RUN」と洒落込み、早くも3万km走行を突破したワイルドバイクに跨った。ナビゲーションを開くと緊急警告の文字が躍っている。邪魔に思い、最初は無視して走っていたが、暫くしてニュースを見ると地震が起こっていた。

その時、手には確かに電話機を握っていた。何人かの友達に連絡を取り無事を確認した。

本日は買い出しに出向き、直ぐに戻って読書に明け暮れようと目論んでいたら新千歳空港発の飛行機が見慣れた空港で燃えている映像が飛び込んできた。

俺が生きているのは単なる運で、携帯電話は捨てないだろう。重要なのは取り扱い方だ。

いくら綺麗にしようが、お金を稼ぎまくろうが、一瞬で幕を閉じてしまう可能性は誰にだってある。

そう、
このままやりたい事だけをやり遂げたいと思わざるをえない。モノホンのスマートを狙いながら2024年も強く笑えますように。




drecom_eroom5session at 01:00|PermalinkComments(0)散文 
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