December 28, 2012
胸中とポマードの香りを混ぜて嗅げ ’12

クリスマスってのが一体どういうモノなのか、皆目見当もついてなかった。
クリスマスってヤツについて語るコト自体、御法度且つ茶番なんだと決めつけていた。
今年も幾人かの連中が声を掛けてきた、或いはくれた、
「メリークリスマス!今夜の予定は??」、
オーマリー、俺は答える術も教養も無く答えた、
「ありがとうございます!」だとか「ヘッ?エへッ!フッ!」だとか何だとか、ウィットの欠片も無く辛うじて答えた。
「クリスマスは恋人と過ごすモノ」とかってシキタリは一体どこのどいつが起源だ、
生憎、俺は誰が決めたかも分からん様なシキタリに従うってのはかれこれ9歳の時分から止めにしたんだ×1225。
「ルーディ・ア・メッセージ・トゥ・ユー」っていう果てしなくイカす曲がある、
初めて弾き語りスタイルにてステージに立った時、この曲を日本語に代えて叫んだ詩は、
「誰が決めたかも分からん様な馬鹿な決まりに振り回されんなよ。不良さん、コレはメッセージだぜ」、
そして今現在に至る始末。
2010年12月、俺は30にしてようやくニューヨーク狂乱シティの路上にズタボロブーツを付け、浮き足立って歩いていた。
「ほんまに来たで、8年前のこちとら!」などと大袈裟に一人である勝利に酔いしれながら、まんまとかの有名なマジソンスクエアって光景に見惚れていた。
街はクリスマス一色のロングパーティで、スーパーの店員は「テンキュ!」の代わりに「メリークリスマス!ファッフォー!」などと吠え、
宅配業者は踊って荷物を積み上げ、浮浪者はどこかで手に入れたであろう暖かそうなサンタクロースの帽子を頭に乗せ、
「ジングルベル」を小銭が入った紙コップを鳴らして唄い、俺は凍りに凍った両手を出して人集りの出来たクリスマスツリーの写真を自然の内に撮っていた。
後にも先にも一度だけ、その時ばかりは盛大に叫んだ言葉、御多分に漏れず「メリークリスマス!!!」。
嗚呼、そんな世紀の与太話はともかく、世界一好きな御挨拶はどうやら9年連続で「よいお年を!」だ、
「終わり良ければ全て良し」とは偉人が残した名文句、俺はその言葉に強固従順でいると誓って止まないあん畜生、
そうじゃないままに終わってしまった事柄が数え切れん程にあったからこそ強く思う。
先日、クダラナ指数沸点越えに値するセコい且つイヤラシいって類いの誰かの発言を読み、急激に胸中が病んだ。
たっぷり3ヶ月分の溜息を吐き、息もキレギレ、29641回目の「もうダメだ」を吐きかけた直後に救いのベルが鳴った、
「もしもし?」だなんて過去の産物だ、俺は答えた、
「ハーイ!やぁやぁ俺さ、泣くのは止めだよ!」。
笑い飛ばすコトこそが生きる術だ、不貞腐れヤサグレるコトが日常茶飯事だとて、完全に腐ったりはしない。
さて、いつか必ず使う時の為に大切に取っておいたサル・パラダイスとディーン・モリアーティの二個組缶バッジを一つずつ分けた、
ソレは長年思い描いていた瞬間だ。
かれこれ4年8ヶ月も眠っていたモッズコートを突然万年クローゼットから引っぱり出し、
ヘイトアシュベリーのレコード屋で手に入れたバッジとサル・パラダイスのバッジを根こそぎ付けた、
コレは極端な話、貫いてきた証だ。
2012年ラストの文章になるかも知れんが故、最後に一言、「よいお年を!」、
俺は2013年に全てを賭けている生粋のアンポンタン、懲りもせず囁く言葉は宜しくどうぞの一点張り。









